不安と戦う極意について

(2011年03月30日)

3月11日東日本大震災にて、多くの方が被災し、
また被災地に住んでいない人たちにも多くの傷が残りました。

不安で眠れない。揺れていないのに揺れている感じがする。
少しの揺れで過剰に反応してしまう。
どうすればいいのか分からない。
自粛VS反自粛。どの情報を信じればいいのか分からない。
仕事が無くなってしまった。家族を守る自信がない。

などなど、思っていらっしゃる方。多いと思います。
 
そこで、今回の地震での心の傷を『不安』という言葉に集約して
ここに一つの理論と、その不安との戦い方について話をします。

①人はなぜ不安を感じるのか?
人が一番不安に感じることは、先が予測不可能な
状態に陥る時だと言われています。

先が予測不可能とは、経験が乏しいので、
『この先どうなるのか未経験だから分からない』という状態です。

たとえば、最寄りの駅を利用するのと、初めて行く外国の駅を
利用するのとでは、不安感は違ってきます。

当然、最寄りの駅を利用する方が、改札やホーム
乗り方や、出発到着時刻を熟知しているので、とても
安心出来るわけです。

今回の地震では多くの人が初めての体験をしたわけです。
命にも関わることですし、必然的に不安になるのは、とても
当たり前です。

しかし、天災の経験を多く持って、安心出来るようにしよう!
そんなことは、不可能です・・・。

そこで・・・

②どうすればいいのか?
現在の不安と戦うには?
今後の天災に対する不安を軽減し日常生活を行うには?
どうすればいいのか?

それが次の二点『備え』と『正しい知識』といえます。

今回の地震、そして地震後の被災地ではない人の
不安の原因は、情報の錯乱と風評被害と言っても
過言ではありません。

地震時の行動や持ち出すものの準備がしてあれば…
放射能に対しての正しい知識と備えさえあれば…

あれほどの交通渋滞や帰宅難民が出ることは無かった
かもしれません。
買占めやイソジンを飲むなんてバカな事をする人も
おそらくはいなかったでしょう。


人には『畏れ(恐れ)』という感情があります。
畏れは、気持ちのいい感情とは言えないですよね。

しかし畏れるからこそ、人は用心するわけです。

たとえば、病気を畏れるからこそ、健康診断をしたり
日ごろの食生活に気を付けたり、養生するわけです。

たとえば、事故を畏れるからこそ、免許を取ったり
信号を守ったり、交通ルールを守ったりするわけです。


今回の地震の傷もいずれは復興し、日本はまた平和に
なるでしょう。
しかし、今回の経験は風化させてはいけません。

つまり畏れることを忘れてはいけません。

色々な意味で、個人個人が変わらなければいけないと
思います。
きちんと備えをして、正しい知識を身に付ける努力を
しなければならないと思います。


石原都知事が『天罰』という言葉を使って非難されていました。
私は、その前後の言葉をちゃんと組み取れば、正しいことを
言っていると思います。

なにも福島や宮城に天罰が下ったのではなく
日本人が私利私欲に走りだしている現状や、平和ボケを
している現状に喝を入れられたのではないでしょうか。

今回の地震で、被災地の方々の悲しみや苦悩は
被災していない人間には、感じる事のできないほど
大きなものです。

映像を見ていると胸が苦しく涙が出そうになりますが
それも被災地の方たちのものとは比べ物にならないでしょう。

だから、その人達の心情を思うと『天罰』なんて言葉
使ってはいけないと思います。

しかし、被災していない人達が、今回のことは
自分に対する戒めだと感じ、生きるということを
ちゃんと考えなければいけないのではないでしょうか?

『生きる』とはファッションではありません。
そのことを肝に銘じて、また活気溢れる社会にしてくための
努力を怠ることなく毎日を一生懸命に生きていきましょう!