さすらいについて

(2011年06月09日)

さて本日は、人生を広げる「さすらい」について話をします。
さすらうっていう言葉、なかなか使わないですよね。
しかし、奥田民生の歌にさすらいという歌がありますね。
あの曲、結構好きなんですよ。わたし。
 
さすらうという言葉を調べてみると、
「目的なく、あてもなく歩き回ること」
という意味が出てきます。
 
人生において、さすらうことも時には良いことがあります。
普段、さすらうことなど考えもしない人ならなおさらです。
 
目的を持って何かをすることは、当たり前のことです。
もし仕事なら、普段からさすらっていたら、たぶんクビに
なります。まるで、フーテンの寅さん状態ですね。
 
でもあえて、人生の中でさすらう時間を持つメリットがあります。
それは、「自分のいつもの行動パターンの外に出ること」
になるからです。
 
なにもさすらわなければ、予定調和のことが、ただただ
想定の範囲内で今日も明日も起き続けていきます。
それは、特に新しいことではありません。
その生活が、ずっとずっと一生同じように続くなら、
退屈に感じたり、つまらなくもなるかもしれません。
 
人生において、さすらうというのは、
・普段なら、自分がやらないことをあえてやってやる。
・自分が会わない人に突然会ってみる。
・自分が行かない場所にフラっと行ってみる。
こんなことをたとえて言っています。
 
また具体的には、実際に歩き回ることだけでなく、
・何気なく本屋さんに行って、普段読まない本を買ってみる。
・ご縁があった人のお誘いに、ただ乗ってみる。
・はじめてのことを意味もなくやってみる。
というようなものもそうです。
 
私は、一人旅が好きで、よくさすらっています。
それは、いつあるかわからない予想外な人との出会いや、
市販のガイドブックにも載っていないスポットやおいしいものが
待っているからです。本当に一人旅で経験するものは、
東京にいるとまったく見えないものばかりです。
 
こんな風に、さすらうことはムダなことではなく、
普段の自分が生きている世界を外からみるチャンスになります。
一旦、自分の行動パターンを崩すことで、自分の行動パターンや
無意識に見ている世界の範囲がわかってきます。
 
人生においても、たまには、さすらってみてはいかがでしょうか?
 
普段の行動では、見えなかったことがたくさん見えてきますから^^