なぜ、「ヒト」が大事なのか‏

(2011年07月30日)

震災以降の厳しい経済情勢の中で、いろいろな専門家仲間と
話をさせて頂いていますと、以前以上に「ヒトが最も大事」という
内容になることが、より増えているように思います。

原発や放射能汚染問題などにだいひょうされるように、政府や
マスコミの報道を素直に信じてよいものかわかりにくい中で、
より近くにいる、より前から知っている方々との繋がりを、より
重要視する流れですが、日常の中でこのことを実感されて
いらっしゃる方も多いのではないでしょうか?

ここで改めて経営という観点で、今なぜ「ヒト」が大事と言えるのか、
話をしたいと思います。 

会社にとってヒトが大事と言われて、否定する方はそうそう
いらっしゃらないのではないでしょう。
しかし、以前は「口ではそう言っていても、実態としてはそうで
なくとも問題がなかった」ため、今より切実な問題ではありませんでした。
 
なぜかといいますと、
「効率よく生産することが、ヒトよりも優先されたから」。に尽きます

需要>供給の状況下では生産してしまえば売れるため、どのように
生産すればより安く、より多く生産できるか、というところに焦点を
当てていれば、問題がなかったからです。

現在は、供給>需要です。

どんなに生産したとしても需要(≒購入者)は少ないため、売れる
かどうかは別の問題です。
どうしても売りたければ、安売りせざるを得ません。
今、大半の中小企業が陥っている、とても大変な問題です。

この状態にはもう一つ、「余程のもので無い限りは、商品(サービス)
そのものでいい・悪いの差がつかない」
という問題があります。
ネットや口コミでの噂も含めて、生産者が精魂こめてつくっても、
中々それが伝わらない。

「性能」だけで言えば、同じような商品は他にもあるのです。
そんな中で、価格勝負なんて挑もうものなら、適正な利益なんて
出るはずがありません。

だからこそ、当然お客様に選ばれなければなりませんが、
お客様に日々直接お会いしているのは、
年商が1億以上にもなってくると、社長や経営者の方ばかりとは
いかなくなります。

営業担当者、もしくはお客様に面対する全ての社員様が、
社長と同様な営業力を持てるかどうか、という勝負になることは
明らかです。

こんなにもネットが普及し、デジタル化してきた世の中で、改めて
ヒトが問われているのです。商品やサービスの効率というものの
価値が落ちてきた、というわけではなく、それらは一定以上あり、
且つヒト(社員全員)で勝負できる、ということが求められている、
というわけです。 
 
しかし、ヒトというのは最大の資産であると同時に、最大の負債
でもあります。
社員の評価として「人財」「人材」「人在」「人罪」という区分を
聞いたことのある方もいらっしゃるでしょうけれども、まさに人は
財産でもあり、経営に対する邪魔ものにもなるといったところ
でしょうか。現在、二つの問題が大きく取り上げられています。 

1.経営者の高齢化と承継の問題
現在、全国の「社長の平均年齢」はおよそ60歳になりました。
今後とも上昇が見込まれていますが、企業が存続・発展を考える
のならば、承継について考えなければなりません。税務対策や、
取引先への面通しは勿論のことですが、銀行の債務や保証人に
対しても安定的なものを用意し、何より事業や資産を残していない
限り、承継を受ける側が耐えられません。そして何より、会社として
の歴史や在り方・経営について、お伝えしなくてはならないこと
でしょう。
 
2.今後の経営計画と人員計画との整合性
長期的な意味で景気の浮上がないと言わざるを得ない状況
ですから、売上や事業の予測については慎重にならざるを
得ません。企業にとって原価以外のコストで一番大きいものは
人件費です。人の配置と報酬への考え方は、企業の人に対する
考え方そのものであり、手をつけないわけにはいきませんが、
単純に減らせばいいなどというものではありません。
企業にとっての人財は何か、というところから、経営者は
考えなければならないのです。

中小企業は家族的な経営をしているからこそ、逆にヒトの問題に
触れられない特性があります。しかし、現在の状況は、何よりも
「ヒトから」。何よりも、会社が必要とするヒトとは、どのようなヒト
なのか、というところから考えてみてはいかがでしょうか。
 
本当に、「ヒトは会社の最大の資産」 です。多くの経営学・経営に
関する書籍で記されているところです。
 
社長様とお会いした際によく足元の問題として

・このように動いていきたいのだが、社内で●●と反対されている
・社内でどうしても人間同士で足の引っ張り合いが発生している
・先代や先代に近い方々からの介入と、自分の意見がうまく合わない
・社内でのコミュニケーションがとれていない

というお悩みをよく伺います。

経営者にとっては内部的なヒト、つまり社員や部下の育成や、
関係する方々とのやりとりがとても重要であることは言うまでも
ありません。
しかし、具体的な動きとしてうまく機能させようとなると、とても
難しいものです。
 
次に、間違いがちなヒトの育成やヒトを動かす考え方や、社員との
コミュニケーションの原則について話をします。
 
「社員・部下がなかなか自分の思うようなパフォーマンスを出してくれない」

これは、経営者・管理職に携わる方の大きな悩みどころです。
大変なことはわかっているが、どうしてもやって欲しい…。
こう考える経営者・管理職は"ご自分の経験のみ"から、こう指導を
してしまいがちです。

「私はこうやって頑張ってきた。お前はそんなだからダメなんだ」
「あいつの考え方は甘すぎる。あれでは結果はでない」
「あんな趣味をもっているようでは仕事にならない」

このような物の言い方に反映されます。

しかし、会社が絶対的に従業員に対して強いとは言えない今日、
従業員はなかなかついてくることはありません。

なぜかといいますと…、

"自分の在り方を否定されるような言い方をされれば、ただただ、
反発したくなるだけだから"

上司や会社についていくことで経済的にも名誉的にも保障されて
いた時代であれば、あまり問題にならなかったのですが、むしろ
これまでそれが出来ていたことが特異だったのです。

ですから、従業員にとっては

「なぜ自分の感情を押し殺してまで会社に合わせなければならないのか」
「支配を受け入れるのは自分にとって全く本意ではない」

と受け止められてしまうのです。

「自己否定されて素直にそれを聞くのは、自己否定を自分で承認する
ことになる」

から、本能的に嫌がられてしまう、といったところでしょうか。
 
では、経営者は人を常に肯定し、褒めちぎっていればよいのでしょうか?
はっきりいって、それも無理です。
会社には、存続し発展していくために最低限必要な売上や利益が
あり、その達成ためには全社一丸となって従業員さんにも動いて
頂かなくてはなりません。

そこで、まるで下手にでるようなことばかりしていても、今度は何も
統制できません。

本当に大事なことは、
ヒトが動く⇒成果が出る⇒会社が存続・発展する
ということですから、

「●●という行動(動き)をするように」

とだけ、要求・依頼・指示し、それがなぜ必要なのかを伝えれば
よいのです。

そこに、ヒト個人個人の主義主張や思想、信念への判断は必要
ありません。また、自らの状況や活動の表明をするときも同じように

「●●という行動(動き)をします」

とした上で、なぜそうするのか、いつまでにするのか、その結果どの
ような成果が見込まれるのか(成果を出したのか)を宣言すれば
十分です。

それにより、言われる方もシンプルに考えることができるのです。

・何をするべきで
・なぜそれが必要で
・できれば、どのような成果になるのか

これが認識されて、かつ

「自分を押し殺すのではなく、活かす」

と自覚していただくことで、ヒトは動くことができます。

さて、以上の考え方は、コミュニケーションの本来の原則その
ものでもありますが、企業としてこの原則を出発点として
「成果を出す」⇒「存続・発展する」ところ迄考えると、もう一段階、
前に進む必要があります。

それは、
・その成果によって、どのように従業員が報われるのか
・そもそも、何故それをするべきなのか
です。

これを固めることができる会社が、発展・再生できる会社の条件
だといまえす。