山から学んだこと

(2011年08月18日)

今回は、登山を通じて、私が山から学んだことについて
話いたします。

みなさんは、山登りというとどんなイメージを持つでしょうか?
「キツイ、苦しい。私には無理・・・」
 かもしれません。

では、なぜ最近話題の山ガールを含め、みんな登山に行く
のでしょうか?

それは、ひとつに「非日常性」からの学び。
ということがあげられると思います。 

古来、人は日の出とともに起き、生きるための生活をし、
日が落ちると、眠りにつく。そして、また朝日とともに起きる

そんな生活が日常でした。 

しかし、100m圏内に自動販売機があり、遠くとも数キロ歩けば
コンビニがあり、あらゆる商品が24時間いつでも購入できる現代。

そんな生活の中では、山が非日常になります。

物や水が自由に手に入らない。水洗トイレもない。冷暖房もない。
移動手段は自分の足のみ。
泣いても笑っても、自分の足を信じるしかできません。

そして、水も食料も場合によってはテントも背中に背負うと、
さらに、すべての行動が自由です。

いまここで、テントを張って休んでもいいし、体力があれば
あと5時間歩いてもいい。食料をたべてもいいし、食べなくてもいい。

そんな自由の中で、自然という自由にならない事に直面する。
 「雨が降っている。体に疲労がたまってきた」
 休むか、もう少しがんばるか、はたまた引き返すかを決断する。


山に登って、降りるというシンプルな目的の中での非日常で、
普段は味わえない、無数の自分に出会える。


・以外と精神的に強い自分。
・空腹に、極端に弱い自分。
・疲れてきてからが、勝負である自分。
・すぐに、弱気になる自分。

どんな自分であれ、その自分のこころを抱えたまま、
目の前の一歩を踏み出し、あの頂き(いただき)に向かいます。

今歩いても、歩かなくても自由という中での一歩の決断の連続。
シンプルだからこそ、恐ろしいくらい自由の意味を知る(体感)する。
 
自然に対峙し、自然に助けられ、自然を乗り越え、自然と生きる。
自分のいう個の小ささを知ることで、

下界へおりて人と接したときに、また、人が好きになる。
人が好きな自分が好きになる。

山は、そんなことを私に教えてくれました。

自分の生活が日常に埋もれてしまいそうなときにこそ、
非日常の山へいってみてはいかがでしょう?