親密感への恐れをどうするか

(2012年03月12日)

今年も、3か月目に入りました。
多くの人が今年のキーワードを「絆」としています。
しかし、高度成長期以降、私たちはどこか「絆」というよりは
「個」を尊重するという名のもとに 孤立や分裂に向かって
いたように感じます。
 
しかし、震災がれきを受け入れない。岩手や宮城のがれきも
ただただ、放射能があるから受け入れない。といってヒステリー
のように拒絶する人にちょっと違和感を感じる今日この頃です。
 
絆をキーワードにするなら、本当の意味での愛・つながりと
いうものを人々が知っていく旅へと向かっていってほしいと
本当に痛感します。
 
今日は、親密感への恐れをどうするかについて話をします。
 
今日の日本は競争社会だと言えます。同業他社はもとより同僚も
蹴落として出世しなければいきていけない風潮があります。
 
競争に勝つことに人生の価値をおいてきた人にとっては、
勝つことを中心に生きていく人生を手放して、
愛やつながりを人生の大切な価値観として生きていくことに
シフトしてもいいのではと、私は、心理カウンセラーとしては
思わずにはいられません。

ところが、戦っている人からは、こういう返事が返って来ることが
多くあります。
愛やつながりというようなことを言って、生き抜いていけるのだろうか。
こんな厳しい社会のなかで、理想論でしかないのではないか。

戦いの勝者になるイコール生き残れるという方程式が、残念ながら
成り立っているから、ちょっと理解しにくいかもしれません。
ただ、もし人生の勝負に勝つことに燃え尽きて、
疲れ果てて行き先が分からなくなってしまっている人には
助けになるかもしれないので、もっとお話しします。

競争に勝つことに人生の重みを置いてきた人の特徴は、
それだけ戦ってきているので、戦術を持っています。
やり方や、ものの考え方がしっかり固まっています。
だから、勝ってこれたのです。

ですからそれを変えろ、手放せと言うと、ものすごく抵抗されます。
ここでも上下、勝つか負けるかが起こってしまうので、
自分がものすごく敗北した感じを受ける。

自分がやってきたやり方が通用しないと、敗北を感じるのが
嫌なので抵抗する。
こういうことが反応として起きます。
自分のやり方を変えてしまうイコール負けた。
自分の意見が通らなかったイコール負けたという感じがしてしまう。

こういう反応を持っている人は、自分のなかをよく見てほしいと
思います。

実は、それは敗北ではなく、あなたに対する否定は何一つなく、
自分のシフトを起こすためのバージョンアップなんだ
というふうに見方に変えてみるのはどうでしょうか。
 
本当に、自分のやり方を手放すのには勇気がいるし、
違うやり方を採り入れていくのにも勇気が必要です。
今までの自分ではなくなってしまうと感じ、恐怖と不安が
たくさん立ち上がってくるので、やっぱり勇気がいります。
しかし、その勇気を持って手放して受け取った人が、
次の「愛とつながり」という価値観が初めて理解できるのでは
ないでしょうか。

もしも、人生の行き先が分からないという状況に置かれている人は
勇気を持って試してみる価値はあるのではないでしょうか。

分かってもできないという抵抗感がある人の深層心理には
“親密感への恐れ”が隠れていることが多くあります。

上か下かで生きている人は、実は傷つかないんです。
戦いの勝者になることを大切にして、相手を下に見る生き方を
している時は、人とのつながりを重視していない分だけ、
傷つくことはけっしてありません。

どうせ下の人だからと思うから、何を言われても平気だし、
すごく上の人だから、
私は下だから何を言われても仕方ないと思えるのです。
これは、つながりが切れているんです。

フラットでつながって、つながりを重視してくると、切れた時に傷つく。

人とのつながりで傷つくことが怖いというのが、親密感への恐れと
リンクしています。
「私は傷つくのが怖いから、人間とフラットに尊重し合って
関係を築くことなんてできません」って言えないので、
愛やつながりで社会を生きていけないというような言葉で
はねのけるということをやっている場合があります。

本当の愛やつながりを手に入れることに向かう時、
自分が傷つくことを恐れて手に入れてきた地位や立場、
やり方をいったん手放していくプロセスに向かう勇気が
いるのではないでしょうか。