自分の行動を客観的に見るとはどういうことか

(2012年03月25日)

私もそうですが、たとえば、自分が“どう思われる”か、私は
“どう見えているんだろうか”と、などと、人の目が気になると、
自分らしくいることができなくなってしまいます。

無意識レベルでは窮屈で不自由な感覚を感じています。
何かをするたびに、どう思われるだろうかとチェックしてから
やったり、チェックしてもできなかったりを常に繰り返すわけ
ですから、すごく疲れますよ。
 
もう一つのパターンは、人がどう思っているだろうというのと
反対に、“こう思われたい”と思うがゆえに、他の人の目を気に
して、本当の自分の意思や欲求と異なったふるまいをして
しまっているということがあります。
 
まず、人の目が気になる人は、嫌われているのでは。
責められているのでは。馬鹿にされているのでは。
自分が悪く思われているのではとか、など思うことありませんか。
これらは全部、自分を否定的に見ている言葉です。
 
自分のことを低く見られることが気になる。これがパターンです。
周りから、そういうふうに見られると、腹が立ったり、悲しくなったり、
寂しくなったり、みじめな感じがしたり、嫌な感情が立ちあがる。
 
また、反対もあります。うらやましがられたり、人よりよく見られたり、
高く見られることが気になるというのもある。よく見られていると
いうのは、ふつうならば、嬉しいはずなのに、これが問題になる
不思議な現象です。
 
実は、自分のなかで、自分はそれほど大した者ではないという
自己否定みたいなものを持っていると、周りの人が見る自分と、
自分が思っている「本当の自分」にギャップや違和感を感じる
ことがあって、あえてそれを崩すような行動に出る。
 
せっかく「素晴らしいね」と言われているのに、そうではない
ような言動に出るという問題を起こす。その違和感がつらいから、
解消するための行動にありとあらゆる手を尽くして出てしまいます。
 
人の目を気にした結果、プラスに思われようが、マイナスに
思われようが、自分らしさを発揮できません。
ここから起こってくる問題を解消していくには、まず自分は
その時にどういう感情になり、どんな反応に出て、どんな
行動に出ているのかということを客観的に気づいていかないと、
修正がききません。
 
第1段階として、
私は今、人の目が気になったな…。どう思ったんだろうと、
感じてみることが必要です。嫌われたくないと思ったな。
本当にやりたい行動は何だったと聞いてください。
でも、自分が取った行動は何?
このように、どういうふうに自分が動いたのかというのを
客観的に見ていくと、ここから脱却していくことができます。
一言で言うと、人の目ばかり気にして動いている人は
いつまでも自分らしさという世界に到達しない。そして、人と
いることが疲れ果てて仕方がないという現象を引き起こします。