人の目が気になるパターンを作る過程について

(2012年03月27日)

人の目が気になるというパターンを作っていく過程は、子供
時代の経験と大きく関係があります。

子供の頃はいろんな意味で、依存状態です。
子供は両親や周りの大人たちの顔色やご機嫌をうかがいます。
大人の力を借りないと、生きていけないから、嫌われないようにと、
必ず様子をうかがいます。

一方、大人は子供の気持ちや欲求を受け取ってやることよりも、
大人の判断でやらせていくことがたくさん起こります。

ところが、子供は、状況判断やその背景、事柄はキャッチ
をすることができません。

例えば、勉強していると、いつもお母さんが「何でそこ間違うの?」と
怒ると、間違ったから怒られたと判断できず、勉強したら怒られるとなり、
「間違ったから」という怒られた理由や状況は判断できず、間が
飛んで受け取られる。

例えばお手伝いをして、テーブルをふいていたとします。
その際、ちゃんとふけていなかったとします。
「最後までちゃんとふかなあかんでしょ!」と言われたら、
テーブルをふくと怒られる。子供は間が入らない。

そうすると、自分がやることは全部怒られるとなってくる。
何をすればいいのか。どうすればいいか分からない。
ただ何かをしたら、怒られたとリンクするのが子供です。

実は、子供をしつけていく時や、子供に何かを伝える時は
楽しさを先に言わないといけないといえます。
例えば、怒ることよりも、ここがもうちょっとできたら良かったね。
ここができたら、どんなに楽しいかなって。

こういうふうに何かすることは楽しいんだ!私は役に立つんだ!
何かお手伝いをしても喜んでもらえるんだってなった時に、
自分の存在価値は上がってくるのです。

勉強もしたら楽しいと思うし、お母さんやお父さんと一緒に
学んだら、おもしろい。

こういう感覚をちゃんと育てていってくれると、人の目は気に
ならなくなってくる。
私は何をやっても大丈夫なんだと、自己存在価値が作り上げられる。

厳しい親、躾をしっかりしようと、愛情のもと子供に接していたとしても、
この原理が分かっていないと、子供はやがて
「人から何を言われるか恐い」となるわけです。

そうなると何をやっても私はダメだから、何をやっても怒られる。
何をやっても評価されないという自分になる。

ほめて育てるという言葉はよくあるけど、やったことに対しては
「ありがとう」とか「すばらしいね」というメッセージを
伝えていかないと、人が恐くなるわけです。

人の目を気にして「これでいいの?」とずっと言う子になってしまう。
社会に出ても、大きくなっても「これでいいの?」と、
何を基準に自分が素晴らしい人間と判断するのか分からず、
意にそぐうことをちゃんとしないと怒られる。
こういった構図が小さい頃にできあがってしまっているのです。

無価値感や自己否定感が強い子は、厳しいしつけをされた
ことがきっかけとなっていることは少なくない。
しつけや教育の一環で怒るんだけど、怒り方を考えないといけない。

人の目が気になっている人、人の目が気になる子供。
自分よりも力が強い人たち、大人たちがどう関わったかが
すごく関係があります。
子供やその大人が悪いわけでもなく、そういうものなのです。

ほめることは、甘やかすことと思っている人も多いようです。